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"I will. I wear my best silk. "


みなさんこんにちは。映像字幕翻訳者のNonaといいます。『字幕の世界へようこそ!』では、普段私が見ている映像作品から、翻訳者の視点で「すばらしい!」と思った字幕を紹介していきます。英語や字幕翻訳を学習中の方に楽しく学んで頂けたら嬉しいです。


原文の意味を少し(ときには大胆に)意訳をしているけど、その状況に最もふさわしいセンスがキラッと光る字幕を、一緒に楽んでいきましょう。



さて、今回は映画「ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語」から。ティモシー・シャラメ演じるローリーのセリフです。字幕翻訳は牧野琴子さんが担当されています。


原作は1868年に出版されたルイーザ・メイ・オルコット作の「若草物語」で、1860年代のアメリカに暮らすマーチ家の4姉妹を描いた物語です。読んだことがある方も多いのではないでしょうか。映画版は原作とは異なり、次女のジョーが過去を回想する形で話が進んでいきます。


選んだのは、ヨーロッパでエイミーがローリーと再会する場面です。姉のジョーに想いを寄せるローリーに、エイミーはずっと憧れていました。そんな彼にヨーロッパで再会し、喜びを爆発させます。(このシーン、エイミーの隣に座っているだけのメリル・ストリープの演技がすばらしいので、ぜひ注目してみてほしい!)年越しに開かれるパーティーに彼を誘い、「正装よ シルクハット被ってきて!」(実際の字幕をそのまま記載)と付け加えます。そこで、問題のセリフです。


「I will. I wear my best silk.」


正装で来てねと念を押すエイミーに「わかった、1番上等なシルクハットを被っていくよ」と返したわけですね。スマートで洗練されているローリーにピッタリの字幕をつけたいところです。Best silkと言っているので、おそらくシルクハットはいくつも所有していて「そのなかでも、とっておきのを被っていくからね」と言っているのでしょう。とっくにエイミーの気持ちには気づいているだろうに、なかなか罪深い男ですね。


実際に話している時間は約1.50秒でしたので、シーン代わりで少し長めに尺をとっても、使用できる文字数は4~6文字ということになります。


では、早速やってみましょう!


「わかってる」



間違ってはないですが、非常につまらないセリフになってしまいました。ローリーが社交界に慣れているというニュアンスも、これでは伝わりませんね。


「上等なやつを」



ぱっと見で「上等な何?」となってしまう視聴者もいるでしょう。また、“やつ”がシルクハットを指していると伝わったとしても、「上等なシルクハットが何?」となってしまう可能性もあります。字幕としては不完全であり、名字幕どころか字幕として成立していません。会話としても退屈で、華のないセリフになってしまいました。もう少し洒落た字幕にしたいところですね。



「任せとけ」



悪くはない、といったところでしょうか。でも、ローリーのセリフとしては、やや違和感を覚えます。幼いころから妹のように接してきたエイミーが相手とはいえ、もう少し大人っぽい言い回しがローリーには似合いますね。


さあ、いよいよ実際の字幕を見てみましょう。


「お任せあれ」



まさに完璧な字幕ではないでしょうか? 正装で来てというリクエストに難なく応えられるローリーの財力、社交界にも慣れている大人の余裕、そしてエイミーに対する敬意や親密さも演出できています。「任せとけ」と意味は同じなのに、言い回しひとつでここまで印象が変わります。“口調”を意識させるすばらしい字幕ですね。


今回は、これまでにくらべると少しだけ易しかったかもしれません。というのも、同じ意味の言葉でも言い回しひとつで印象がガラッと変わり、話者のイメージに合った訳語選びにつながるのだという例を紹介したかったからです。


話者の意図を明確に伝えるのは当然のことですが、登場人物の個性にあった口調で字幕を作成するのも字幕翻訳者の仕事です。翻訳者の腕の見せ所でもあり、頭痛のタネでもあるわけですね。限られた字数のなかで、読みやすくて、わかりやすくて、キャラにあっている字幕をつけるのは簡単ではありません。だからこそ、字幕翻訳は楽しいんです!


みなさんは、どんな字幕をつけましたか? 「これこそは!」という名訳を生みだした方は、ぜひTwitterで引用リプなどをつけて教えてくださいね。


それでは、また来月のトピックをお楽しみに!!

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