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"There is though. "


みなさんこんにちは。映像字幕翻訳者のNonaといいます。『字幕の世界へようこそ!』では、普段私が見ている映像作品から、翻訳者の視点で「すばらしい!」と思った字幕を紹介していきます。英語や字幕翻訳を学習中の方に楽しく学んで頂けたら嬉しいです。


原文の意味を少し(ときには大胆に)意訳をしているけど、その状況に最もふさわしいセンスがキラッと光る字幕を、一緒に楽んでいきましょう。



さて、今回はNetflixオリジナルシリーズの「サンドマン」から。シーズン1の第1話「安眠」より、夢の王ことモルフェウスのセリフです。字幕翻訳は吉田謙太朗さんが担当されています。


夢の世界から目覚めの世界(人間界)に逃げ出した悪夢を追っていたモルフェウスは、夢のなかだけに留まらず現実世界で人間の命を奪っているコリント人を追い詰めます。コリント人は「人間を苦しめるのが悪夢の役目だ」と言い放ち、夢のなかに閉じこもらずに人間界に出ればなんでもできるのだと主張します。「俺たちを邪魔する者はいない」と。

そこで、問題のセリフです。

例の発言を受けたモルフェウスが冷静に口を開きます。


「There is though.」


直訳すると「ところが、いるんだ」となりますね。「邪魔する者などいない」というコリント人に対して「それは違う、邪魔をする者ならいる」と答えているのです。そして命乞いをするコリント人を夢の世界へ連れ戻そうとします。この後の展開はぜひ本編をご覧になってみてくださいね。


このセリフを訳す際に気をつけたいのは「モルフェウスのかっこよさをいかに表現できるか」だと思います。


やや調子にのっているコリント人に対して、「邪魔をする者ならいる」と伝えたうえで、圧倒的な力量の差を見せつけて夢の世界へ連れ戻そうとするのです。つまり「邪魔をする者」というのは自分のことなのですね。「だれにも止められねーぜ!」とやりたい放題のコリント人に「だれが王であるかを忘れるな」といさめているのです。オラついていたコリント人が跪いて命乞いをしているのに対して、モルフェウスは常に冷静沈着です。低い声で、ゆっくりセリフを伝える役者さんのかっこいい演技を損なうことなく表現したいところですね。

実際に話している時間は約1.80秒でしたので、使用できる文字数は5~7文字ということになります。


では、早速やってみましょう!


「邪魔者ならいる」


うーん……悪くはないかもしれませんが、決してよくもないですね。そもそもモルフェウスは秩序を保つ存在ですので、決して「邪魔者」ではありません。コリント人からしたら紛れもない邪魔者でしょうが、モルフェウス自ら邪魔者と名乗らせてしまうのは違いますね。


「それは違う」


可もなく不可もなく、といった感じでしょうか。原文から離れすぎてもいないですし、意味も伝わります。その後の流れでモルフェウスがコリント人の暴走を止める「邪魔をする者」なのだということもわかるので、問題もありません。ただ、かっこよくないですね。これでは、ぎりぎり及第点といったレベルから抜けられません。


「止めてやろう」


一見すると、いい感じの字幕ですね。しかし、コリント人の「邪魔する者はいない」という発言に対して「止めてやろう」では、つながりが悪いのがわかるでしょうか? ぱっと見では、視聴者に「何を止めるの?」と思わせてしまうかもしれません。前の字幕が「俺たちは誰にも止められないんだ」といった字幕なら意図が伝わりやすいですが、この場合は字幕の流れが悪くなってしまうのです。コリント人ではなく、字幕の流れが止まってしまいます。


さあ、いよいよ実際の字幕を見てみましょう。


「勘違いするな」



かっこいいーーーーーー!! もう、この一言に尽きますね。

「邪魔をする者がいない」という考えが間違いであること、そしてそれを正す者こそ目の前にいるモルフェウスであるということが一発でわかる字幕になっています。さらに、モルフェウスがコリント人よりも上の立場であり、本来であれば逆らうことさえ許されない相手だということもしっかり伝わりますよね。モルフェウスの強さと威厳が余すことなく詰め込まれた、最高にかっこいい字幕だと思います。原文からは離れていますが、会話の流れ、状況、話者の立場など全ての条件を見事にクリアしており、大胆ですばらしい意訳ですよね。一言でビシッと決まるかっこいい字幕です。


みなさんは、どんな字幕をつけましたか? 「これこそは!」という名訳を生みだした方は、ぜひTwitterで引用リプなどをつけて教えてくださいね。


「サンドマン」は主にヨーロッパに伝わる睡魔(眠気のことではなく、睡眠の妖精または悪魔の意味)です。夜更かしをする人間に砂をふりかけて眠りの世界へ誘うのです。今回紹介したのは、そんなサンドマンを題材にしたダークファンタジーです。一気見必至のドラマですので、ぜひチェックしてみてくださいね。


それでは、また来月のトピックをお楽しみに!!

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